エクソシスト総本部、黒の教団。
私物の少ない自室で、神田ユウは細い呼吸を繰り返していた。
誰かから身を隠したい訳でも無く、無論死に掛けている訳でも無い。
それでもベッドの上で丸くなり、体を小さくして時折呻いた。
───また例のヤツが…っ…!
教団一と謳われる美貌は苦痛に歪み、真珠の肌には汗が滲む。
神田は白いシャツのボタンを外して胸元に風を入れると、掌で口を覆った。
───何故こんな風に……
堪えて息を詰めても症状は治まらず…次第に無駄だとわかって来る。
指の隙間から今度は深呼吸をして、マットに手をついて上体を起こした。
胸の奥深くまで新しい空気で満たし、ベッドの際に腰掛けながら天井を見上げる。
眉間には皺が刻まれていたが、その顔は苦痛というよりむしろ婀娜めいた物だった。
白い肌は上気して薄桃に染まり、漆黒の髪が額に張り付いて艶かしい。
神田は夕食後一時間程で襲って来た症状を憂い、はだけたシャツの間に手を忍ばせた。
梵字の上に掌を当て、この波が早く過ぎるよう願う。
暫くそうしていると、ドアをノックする音が聞こえて来た。
そして神田はふと…ある事に気付く。
───きっとコムイだ……
そう思いながら何とか立ち上がって扉を開ければ、やはりコムイが立っている。
神田の体に変調が起きるようになってからもう二週間余り経っていたが、この症状が出る度にコムイが部屋を訪ねて来る。
それに今更気付いた神田は、コムイの顔を見上げながら眉を寄せた。
「やあ神田くん、今晩は」
「…何の用だ?」
「いや実はね、先日提出してもらった報告書にいくつか読めない所があって。教えてもらおうかと思ったんだけど、今お邪魔してもいいかな?」
「───何故司令室に呼ばない」
今夜の神田は冴えていたらしく、まだ苦しげに顔を歪めながらもコムイに尤もな事を問う。
けれどコムイは動じずに、ニコリと笑った。
「僕も今夜はもうこれだけだからね。呼び出す程の事でも無いし、部屋に帰るついでに寄っただけだよ」
「わかった……手間を掛けたな、見難い所は直しておく」
神田は素直にそう言うと、コムイの手の中にある書類を受け取ろうとする。
「神田くん、顔は綺麗なのに字がねェ」
「報告書を渡せ。明日までには直す」
コムイは書類をスッと胸元まで持ち上げると、渡さずに口端で笑った。
そして空いている手で神田の肩に触れる。
東洋人にしては極端に背の高いコムイは、当然のように手も大きい。
すっぽりと覆われてしまう感じが不快で、神田は思い切り払った。
「気安く触るな」
「やだなァそんな怖い顔して。今ちょっと教えてくれるだけで十分なんだよ、そんなに手間は掛けないから…」
鈍い神田にも、コムイが暗に「部屋に入れてくれ」と言っているのはわかっていた。
彼の浮かべる微笑は優しげで警戒する必要など皆無に見えたが、神田は訝しげにその顔を覗き込む。
本心が眼鏡の奥に見えそうで見えず…どうするべきか迷った。
そんな時、例の症状が再び体の中で動き出す。
暫し理性で抑えていたそれは、突如限界を振り切って心音を弾かせた。
「……っ…ぅ……!」
「神田くん、どうかしたのかい?」
肩を落とした神田を支え、コムイはさりげなく部屋に入り込もうとする。
神田は顔を顰めながらもそれを許さず、殆ど頭突き状態で扉が閉まる前にコムイを押し出した。
「神田くんっ!」
「報告書の件は明日にしてくれっ」
それだけ言ってどうにか扉を閉めた神田は、施錠してその場に蹲る。
脚の間から背中を駆けるように上がって来る快楽に、唇が甘く開いた。
「……っ…畜生……何故こんな……」
そのまま暫く様子を窺うようにコムイが扉の向こうに居るのがわかったが、神田は床に膝をついて息を潜める。
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