そうしている内ようやく波は引いて…神田はいくらか疲れてベッドに横たわった。

 薄い眠りに落ち、部屋の照明も消さぬまま記憶に残らぬ夢を見る。

 すると今度は木の扉では無く、ガラスを叩くような音が耳に入って来た。
 一瞬現実と夢が重なり、自分がガラス窓を六幻で突付いている姿を夢に見る。

 それでもぼんやりと目を明けると…室内が映っているガラス窓の向こうに、人影が見えた。

「───ラビ……?」

 神田は別段驚きはしなかったが、少々呆れ顔になって身を起こす。
 既に体が正常に戻っている事を意識しながら、寝乱れた髪を掻き上げて立ち上がった。

 シャツのまま寝入ってしまった事に気付き、襟元を寄せてから窓に近付く。

 夜露に冷えた窓枠に触れ、それを開けると…目の前には燃えるような赤い髪のラビが居た。
 深夜に夕日が上がったのかと思わせるような鮮烈な色を前に、神田はこめかみをひくつかせる。

「窓から来るなと何度言ったらわかるんだ」
「そんなつれない…。俺は一分でも早くユウの顔が見たいんさ」

 ラビは遥か遠い地面から槌を伸ばして外壁に寄り掛かり、微妙なバランスを取っていた。
 その笑顔も陽光のようで、神田は溜息をつきつつも窓を大きく開ける。



 ラビは短い団服を翻して軽やかに飛び込むと、窓の外に顔を出して槌を縮めた。それを再び装備してから、くるりと神田の方を向き直る。

「ユウッ、久しぶりさっ」
「ああ……」

 決して歓迎する様子は見せない神田を前に、ラビは十分嬉しげに両手を広げる。
 そうして待っていれば、無言の歓待を受けられる事を知っていた。

 神田は憮然としながらも石の床を二歩進み…広げられた腕に近付いて行く。
 それでも飛び込む事も笑う事も無く、ラビの手中ギリギリの所で足を止めた。

「ユウ……」

 ラビは感慨深く囁いて、どうにか捕らえられる位置まで来てくれた恋人を抱き寄せる。
 一度背に手を掛けてしまえば、胸に抱くのは簡単だった。

 白いシャツの背には黒髪が広がっており、一本一本余す事無く触れておきたくて…ラビは指先を滑らせる。
 逃げるほど滑らかな髪を掴み、愛しい唇にキスを捧げた。

「……っ…」

 表面の艶めきに負けず、しっとりと押し返して来る弾力と潤い…それを僅か数秒感じて、ラビはパッと身を引く。深いキスなどしたら噛み付かれるので、早々に解放する事を心得ていた。

 抱き寄せたまま見詰めれば、神田は頬を赤くして目を逸らすのが常で…ラビはいつものように微笑み掛ける。

「会いたかったさ」
「───窓から来るのはやめろ」
「でもさ、ここまで来んのに階段やら廊下やら…すげェ長いんだこれが…っ…! 普段の何十倍にも感じるんだから不思議さ」

 彼はそう言って、神田の背を押してベッドに促す。
 座らせた神田の前でそそくさと団服を脱ぐと、椅子の上に掛けた。

 ラビはオフブラックのシャツ姿になり、ベッドの際に遠慮がちにちょんと腰掛ける。
 仲良く並んで視線を交わすのも束の間で…神田はプイと横顔を見せた。

「最後に会ってもう一月経つんだな…ほんとに長かったさ…」
「長いも短いも無い。一月は一月だ」
「そんな身も蓋も無い……。それよりこの間怪我したやつ、もう完治したか?」
「いつの話だ」

 そっけない答えは完治を意味し、ラビは安堵の表情を見せながら横にある手に触れる。
 両手でそっと包み込むと、そのまま口元に寄せた。

 爪の先に唇を当て、その表面をペロリと舐める。

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