仮想19世紀末
 エクソシスト総本部 黒の教団



 闇のしじまに靴音が響く。
 何人居るのか…朦朧とした意識では見当を付ける事も出来ず、神田は廊下の壁に肩を寄せた。
 呼吸と共に肩が上がり、壁面の汚れが腕の晒しに移る。

「…畜生…っ…」

 短く整えた爪を漆喰の溝に掛ければ、それは脆く崩れて灰の粉末を吹いた。

 乱れる息遣いと共に、迫り来る無数の足音が聞える。

 大きな声を出せば状況が変わるかも知れない…そう頭を掠めるも、まともな声は出せそうになかった。
 喉の奥がひりつき痛み、そうでなくとも誰が助けなど呼ぶものか…と、その思考はすぐに次へと移り行く。

 神田は壁伝いに廊下を進み、すでに使用時間を過ぎた談話室の前に出た。

 誰と談話する事も無い彼が滅多に触れない扉は、意外にも親切に迎え入れてくれる。

 暗闇の中に月光が射し、窓際だけが少し明るかった。
 二色の布張りのソファーは、白い生地の部分だけポゥッと光って見える。

 神田は自分の呼吸だけが聞える空間に身を投じ、隅の暗がりへと進んで行った。

 ソファーを前にして遂に膝が崩れ、倒れた身体から意識が遠退いて行く。
 背凭れに掛かった黒髪が一筋、彼の脱力に添って張り地の表面を撫でた。

(何故こんな事に…っ…)

 神田は霞む視界の中で唯一動いている自身の髪を握り締め、教団に身を置いてから先の事を反芻する。

 かの人の姿を脳裏に浮かべる日々の中…それ以外の全てが無価値に思えた事、その思いが言葉と態度の端々に常に出ていた事…それくらい自覚していない訳では無く、向けられる負の感情を意外とは思わなかった。

 ただ、鍛錬を怠らぬ身に起きているこの異常が忌々しい。

 油断した隙に嗅がされた毒物が全身を痺れさせ、先程まで動いた筈の指先には最早力が入らなかった。
 髪を握ったままそれを解放する事も出来なくなり、張り詰める空気の中で身体を丸める。

 息を潜めて一人…この談話室の扉が朝まで開かれない事を、祈るより他に術が無かった。


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HOUSEKI-HIME N