「ユウがバカだなんて誰が言ったんさ…」
「さあな……」
雪肌の汚れも、髪についた煤も哀しくて…けれど、それを上回る悦びに胸が満ちてしまう。
目頭が熱くなるのを堪える為、ラビは暫し目を逸らした。
「今日は一年に一度のサービスだ。お前に何でも選ばせてやる」
耳を掠めるのはぶっきら棒な声だったが、その言葉を吸収するなりラビはピクリと頬を引き攣らせる。
「な、何でもって……」
「一時間後にはここを出る。それまでなら、何でも付き合ってやる」
ラビは、やはりこれは夢なのでは…と再び疑いながら頬を抓った。
眼帯の下の頬は柔らかに伸びて、甘い痛みが何とも嬉しい。
目の前の恋人はどう汚れても変わらず美しく、数秒の内に駆け巡る妄想と願望はとても口に出来ないような物ばかりだった。
「ど……どど…どうしよう…っ…!?」
四方に流れる髪を掻き乱しながら邪な頭を振り回せば、目の前の神田が苛立って行くのがわかる。
「ぐだぐだ悩んでねェでとっとと決めろっ」
「う……だってこんなチャンス…」
食堂でアレンに見せた半ベソに近い顔をして、ラビは神田の手を急いで取った。
触れていられる時を触れずに過ごすのが勿体無いという余りの行動だったが、良く見れば団服の袖にも血痕が残っている。
ラビはそれをじっと見て、興奮冷めやらぬ頭が次第に落ち着いて行く感覚を覚えた。
「ユウ……」
神田の手を握り、そう囁きながら、そこに確かな体温を感じる。
そして…一つの任務を終え、疲れているに違い無い彼に思うまま微笑んだ。
「一時間あるなら、ゆっくり風呂に浸かるとか」
「何故だ?」
「だってほら、ホームに戻ったらまずひとっぷろ浴びたいっていつも言ってるさ」
「───却下だ。他には?」
神田に一蹴され、ラビは困った顔で次の案を考える。
「そうだなァ………じゃあ食堂で蕎麦でも食うさ」
「───却下。お前の誕生日に何故風呂や蕎麦が出て来るんだ」
「だってさ……」
ラビは苦笑しつつ神田の手を引き寄せ、白い甲にキスを捧げた。
「こうしてユウが無事で…わざわざ会いに来てくれたってだけで俺は十分なんさ。だから後は、お前が嬉しい事をやりたいんさ……」
「俺が嬉しい事?」
「うん、やっぱ風呂入って蕎麦食ってが一番かな…と」
長い前髪の下から上目遣いに神田を見詰め、ラビは癒しの笑みを浮かべる。
けれどその顔には、いつの間に引き抜かれたかわからない勢いで枕が叩きつけられた。
「…ぅぶっ…っ…」
一瞬星が飛んで息が詰まり、ラビは自然に落ちたそれを目で追いながら鼻を押さえる。
「な、なにさ…っ?」
「やっぱりお前も俺をバカにしてる」
「な、何で!? 何でそうなるんさっ、そんなこと全然無いって!」
「俺はそんなに単純なのか…?」
神田は怒るでも無く悲しむでも無く、感情の読み取り難い無表情で立ち上がる。
「ユウ……ごめんな、俺そんなつもりじゃ…」
「───他に何か無いのか」
「あ、あるさっ! ここに、ここにもう一度座って!」
ラビは困惑しながらも、神田が座っていた場所を慌てて叩いた。
神田は憮然とした顔でラビを一瞥し、団服の裾を揺らしてもう一度腰を下ろす。
「ここでこのまま……時間が許す限り、ユウと喋りたいさ…」
「……そういうのは苦手だ」
「えっ」
「却下だ却下っ」
神田はブンと顔を横に向けながら言うと、結局全ての願いを振り切った。
そしてベッドに手をつくと、ラビに向けて上体を伸ばして行く。
「ユ、ユウ…?」
「もういい。俺の好きにする」
相変わらず蜂蜜色に輝く唇は、戸惑うラビの唇をゆるりと塞いだ。
「…ッ…ァ……!」
ラビは柔らかくも衝撃的なキスに目を瞬かせ、手元のシーツをギュッと握り締める。
神田のそれは見た目通りにしっとりと潤い、いつまでも繋がったまま離れなかった。
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