ラビは恐る恐る口を開いて、零れる吐息の中で舌先を動かす。
 神田の唇の表面を微かに撫でて、規則正しい歯列の向こうに忍び込んだ。

 シーツを放して、大きな手を神田の肩に…そして首の後ろに当てる。
 指先で愛撫のように触れても、逃げられる事も噛み付かれる事も無かった。

「……んっ……ぅ…」
「…ユゥ……ッ…!」

 手に納まってしまいそうな小さな頭は、痛くは無いのかと思うほど強く締め付けられており…ラビは更に手を持ち上げて髪紐に触れる。
 それを解けば、解放された黒髪が波のように揺れ広がった。

「…ぁ……っ…」

 ラビは両手で髪に触れ、頭部を支えるようにしながら奥に攻め入る。
 神田の舌はそれを拒む事無く、自らの意思で幾らか動いてさえいた。

「……ユウ…ッ……好きだ……」

 時折ビクリと震える背中を優しく撫でて、息継ぎと共に囁く。
 そのしなやかな肢体から何も奪わず、ただ明日の力になりたくて…想いの全てを注いで行った。



 長いキスを終えて唇が完全に離れた時、普段は闘鬼のような神田はくたりと倒れ、ラビの肩に額を乗せる。
 細い呼吸は淫らに濡れて、彼の首筋を掠めていた。

「───ユウ、俺は……」

 ラビは壁に寄り掛かりながら黒く輝く頭を撫で、顔の見えない神田を抱き続ける。

「…何だ?」
「生まれて来て、ほんとに良かったさ」
「当たり前の事を言うな」
「うん…でも、この時代に生まれて来てほんとに良かった」
「そう思えるほど……いい時代じゃねェだろ」

 神田は顔を上げずに、息を乱しながらも決然と言った。

「それでも、お前が居るさ」

 ラビは目を閉じて、陽に温まる髪に頬を寄せる。



 そのまま二人は顔を合わせる事も無く、刻一刻と迫る別れの時を感じていた。

 神田の脚を乗せた膝下がいくらか痺れて、ラビはそっと目を明ける。
 夕日はまだ健在のまま、切なく色を変えていた。

 どれだけ長い抱擁だったのだろう…と、そう思いながら視線を交わせば、次に外すのは困難で…もう一度吸い寄せられるように口付ける。

 今度のキスは淡く終わり、視線ばかりが繋がり続けた。

「───もう行くぞ」
「うん、気を付けてな……」
「お前にもすぐに次の任務が来る。そんなボケッとした顔してると死ぬぞ」
「俺が心奪われんのはユウだけさ」

 神田はその言葉に呆れ顔を見せるが、白い頬を俄かに染める。
 それを誤魔化すように機敏な動作で姿勢を正すと、床に足を下ろして髪を束ねた。

「それを寄越せ」
「あ? ああ…」

 手を差し出されたラビは傍らにあった髪紐を掴み上げ、求められるまま渡そうとする。
 けれど途中で手を止めて、それを胸元に留めた。

「これ、もらっていいか?」

 神田は不思議そうな顔で立ち竦んだまま、纏めた髪から思い切り良く手を離す。
 それが光を集めて舞う中で、一度だけ頷いた。

「ありがとう」
「───ラビ、俺も…この時代が嫌いじゃない」

 何故とは言わず、神田は僅かばかり口端を上げる。

 ラビはもう一度抱き締めてたくて…けれど迫る時間にそれも叶わず、同じように笑った。





 陽は沈み、ラビは一人窓辺に立つ。
 列車はもう出ただろうかと……想いを馳せていた。

「ユウ……」

 手の中に残った髪紐は布を切り裂いただけの物で、粗雑で、けれど真っ直ぐで……愛しい人のように
清絶な白だった。


Fin

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HOUSEKI-HIME N